変形性股関節症と正しく向き合う会代表理事の井口です。
前回の話が予想外に好評でした。
ご覧いただいた多数の皆様、本当にありがとうございます。
今日は、前回の続きをお話したいと思います。
シカゴで「自分に何ができるのか?」という問いに出会った後、日本に帰国してからのお話。
興味のある方はご覧下さい。
日本に帰国した後の私ですが
家族から「アメリカかぶれ」と言われるほど、別人格になっていました。
そこで考えたのが「英語を使う仕事をしよう」ということ。
シカゴでの生活で、私の英語力が日常会話には不自由しないレベルになっていたため、そのスキルを活かそうと考えたのです。
そこから仕事探しを始めたのですが。。。
どの会社も面接で断られてしまいました。
このことは、私自身に大きなショックとなりました。
同時に「日常会話ができる程度の英語力で仕事につけるほど世の中は甘くない」ということも思い知ったのでした。
そこで次にやったのが
さらに英語力を磨くことでした。
通訳&翻訳の養成コースに入り、本気で英語を学ぶことにしたのです。
そこでは、最初の半年をかけて通訳と翻訳の基本的な技術を学びました。
その後、専門の翻訳コースに入ることになったのです。
幸い、懸命な努力を学校に認めてもらうことができ、
学校から実務経験を積みながら翻訳力を磨くことを薦められました。
実務経験の場としては、まず日本経済新聞の株式・債券相場の記事をロイター通信に流す仕事。
その後、大手エネルギー会社の技術交流部門での翻訳を経験しました。
ここでの仕事経験は本当に楽しく、非常に充実した日々を送ることができました。
出産と仕事の両立
そんな中、第1子を出産。
翻訳であれば、子育てしながらも充分に仕事できると考えていたのですが、それが甘かった。
実は、翻訳の仕事は締切がかなり厳しいのです。
そこで、子育てに専念することにしたのですが
それまで外の世界で活動してきた私にとって、育児だけに追われる日々が次第にストレスとなりました。
「もうどうにもならない。」
そんな状況を何とかしようと夫に相談したところ、夫からは「保育園に預けながら仕事をしたらどうか」と提案されました。
当時は、保育園に子供を預けて働くお母さんの数は、まだ少ない時代。
それでも、仕事をどうしてもしたかった私は、喜んで夫の提案を受け入れたのです。
そんなある日
仕事のスキルアップのために、日本経済新聞のマーケティングセミナーに参加しました。
セミナー講師は、グリーティングカードやラッピングペーパーを輸入している会社の社長さん。
社長さんの話に深く感銘を受けた私は、セミナー後、彼女に直接お願いしました。
「御社で求人募集をされていれば、是非一度、私を面接してほしい」と。
社長さんは非常に驚いていましたが、ありがたいことに
「一度、履歴書を持って面接にいらっしゃい。」
と言ってくれました。
そんなご縁で会社勤めをすることになった私。
その会社では、輸入業務に加えて1年に数回開催される在庫処分のセールスを担当することになりました。
やってみたところ
この仕事は非常に性にあっていたようで、面白くてしょうがありませんでした。
さらに「楽しく働くと後から結果がついてくる」という言葉の通り、会社が始まって以来、在庫処分の売上を10倍以上となるうれしい結果がついてきたのです。
この営業経験は、私に仕事の喜びと大きな自信を与えてくれました。
ただ、会社勤めと子育ての両立は、想像以上に大変でした。
「仕事をしたい。
子育てもきちんとしたい。」
その両立をなんとか実現させたいと悩む日々。
最終的に、私が「起業」という選択をするまでに、さほどの時間はかかりませんでした。
今回も長くなってしまいましたので
起業すると決めた私のその後については、また次回お話ししたいと思います。
もしよければ次回もご覧ください。